トルドの語り継がれる『PK4本セーブ』

socsocセレクション - 3月5日

フランチェスコ・トルドと聞けば、2000年に開催されたEUROの準決勝・オランダ戦だ。ベルギーと共催で行われたホスト国のオランダ相手に試合中に2度のPKが与えられるも共にセーブし、スコアレスのまま迎えたPK戦でも2本セーブ。見事にイタリアを決勝進出に導いたGKだ。同大会のイタリアは決勝でフランスに敗れて準優勝に終わったが、トルドのこの「PK4本セーブ」は強烈過ぎる印象が残っている。

出典:http://www.youtube.com/watch?v=w15RcFSFaHQ


さらにトルドを凄いと思わせるのは、同大会の指揮を未だに『イタリア史上最高のGK』と称えられるディノ・ゾフ氏が執っていた事。つまり、トルドはジャンルカ・ペルッツィやジャンルイ―ジ・ブッフォン(同大会前に負傷)という名手がいながらも、『イタリア史上最高のGKが選んだGK』だったのだ。

『GK大国・イタリア』を象徴する名手

そんなトルドは196cmの長身を活かしたハイボールに強いGKで、決して守備範囲が広くはないものの、安定感の高さを武器としていた。インテル・ミラノでは数多くのタイトルに恵まれたものの、第2GK時代も長かったため、彼のクラブキャリアでのハイライトはフィオレンティーナ(通称ヴィオラ)で過ごした1993年~2001年までの8シーズンとなるだろう。

当時のヴィオラはアルゼンチン代表FWガブリエル・バティストゥータ、ポルトガル代表MFマヌエル・ルイ・コスタという大黒柱2人を軸とした人気と実力を兼ね備えたスペシャルチームだった。トルドは当時のヴィオラで指揮を執っていたクラウディオ・ラニエリ監督に見出されてレギュラーを務めた。あまりタイトルには恵まれなかったが、全シーズン30試合以上に出場。クラブの財政危機が深刻化して2001年に退団したが、最後のシーズンとなった2001年にも1996年に続いてコパ・イタリア優勝を置き土産として残したクラブの象徴だった。

彼がイタリア代表として出場したのは僅か28試合。主要大会で活躍したのはEURO2000のみ。トルドの活躍を国際舞台で多く観られなかったのは残念だが、彼のような存在が、『GK大国・イタリア』を支えている。

Keepしたユーザー
2Keep

サッカーのおもしろさを広げよう

  • ツイートする
  • 友達追加する

youtubeチャンネル開設しました。登録してね!

関連コンテンツ

見逃すな!今話題のサッカー動画!

無料会員登録して自分だけのサッカーマガジンを作ろう

投稿が完了しました。

投稿に失敗しました。