ヌーノ辞任で“メンデスモデル”は終わるのか?

WOWOW - 15年12月26日

文/木村浩嗣

試合後会見の順番は、アウェイ側の監督→ホーム側の監督と慣習で決まっている。第13節セビージャ対バレンシア(1-0)後、かなり待たされてからホーム・セビージャのウナイ・エメリ監督が先に出て来た時、記者の間に小さなどよめきが起こった。「来る時が来たのか?」。エメリの会見が終わると、カメラマンが会見場入口に殺到する。フラッシュに照らされるヌーノ・エスピリト・サント監督の青ざめた顔、堅い表情、充血した涙目……。

「オーナーと話をして決断をした。私はこのクラブの障害になるつもりはない。バレンシアを指揮できてうれしく思う」
“辞任”という言葉はなかった。何の決断なのか? 記者たちの質問は回答拒否されたが、バレンシアの広報担当者が辞意を認めた。

ヌーノには思い入れがあった。昨年8月の初采配(開幕節セビージャ戦)後の会見で、監督らしからぬ穏やかな人柄に魅かれるものがあり、今年3月のテレビ番組でインタビューをした際には、その説得力のある話し方に感心した。そんな彼に、「2人の退場者が出たわけですが、自分も見捨てられたように感じたんじゃないですか?」と敗者に鞭を打つようなことは聞けなかった。チームのモラルの低下は明らかであり、その最大の責任者が監督であったとしてもだ。

思い入れは別にして、ヌーノの動向には注目していた。それは、ヌーノが“メンデスモデル”とも呼ぶべき、まったく新しいクラブ経営&チームマネージメントモデルを代表していたからだ。メンデスとはクリスティアーノ・ロナウドやジョゼ・モウリーニョを顧客に持つ代理人、ジョルジュ・メンデスのこと。ここ数年、彼はクラブに選手を斡旋するだけではなく、その人脈を生かして財政難のクラブにお金持ちのオーナーを引き合わせるといった、代理人の枠を超えた業務にまで手を広げていた。

旧スタジアムの売却ができず新スタジアムの建設がストップするなどプロジェクトがとん挫し、膨大な負債を抱えていたバレンシアへ救いの手をさしのべたのも、メンデスだった。彼は友人のシンガポール人富豪ピーター・リムに声を掛けてバレンシアの筆頭株主に就任させると、本職のスポーツマネージメント面も手を入れ始めた。リムの友人でメンデスの顧客であるヌーノを監督として迎え、本職の補強面ではロドリゴ、カンセロ、ネグレド、アンドレ・ゴメスなど彼の顧客または息のかかった選手を次々と獲得した。

こうして新オーナーから新監督、新戦力までメンデス絡みの人事となったわけだが、そのこと自体が悪いとは思わない。サッカーは詰まるところは結果。昨季バレンシアはシーズンを4位で終えチャンピオンズリーグ(CL)出場権を獲得。財政難では到底不可能だった目標を達成し、1人の代理人がトップから現場までを取り仕切るという、かつてないモデルの1年目は、ファンにもメディアにも温かく受け入れられた。

それが2年目の今季、急に迷走を始める。一大転機となったのは7月の会長とマネージャー、スポーツディレクター(SD)の辞任。サルバ、ルフェテ、アジャラという旧経営陣&生え抜きは、メンデスモデルという急激な改革と昔からバレンシアを愛してきたファンの間の“緩衝材”的な存在だった。経営面とスポーツ面の中核に彼ら3人がいてくれることは、バレンシアの伝統が変わらぬことの象徴だったのだ。

ところが3人の辞任で、会長にはオーナー子飼いの人物が就任し、空位となったスポーツマネージメント部門ではヌーノが最大の権力者となった。これがファンや地元メディアの反発を買ってしまう。開幕前の8月初めにはすでに「ヌーノ、出て行け!」という今季おなじみになったコールが起きていた。公の場に顔を見せないリム、メンデスの代わりに、最も身近なヌーノが不満の標的となったのだ。

本来、監督がブーイングされればマネージャーなりSDなりが擁護するものだが、マネージャーもSDもヌーノ自身であり、チャン・レイフン新会長も沈黙を守ったことで、ヌーノだけが袋叩きにされ続けた。ファンがブーイングする指揮官を選手に信頼しろ、と言う方が無理で、ヌーノは次第にチームのコントロールを失っていった。

そして、ヌーノの辞任を受け、後任としてガリー・ネビルが招かれた。ガリー・ネビルといえば言わずと知れたマンチェスター・ユナイテッドで活躍した往年の名選手で、今はイングランド代表のアシスタントを務めている。先日行われた監督就任会見には、世界中から80を超えるメディアが押し寄せ、「銀河系」と呼ばれた当時のレアル・マドリードを彷彿とさせる盛上りと熱気に現地は包まれている。マーケティング的な視点に立てば、既に大きな成功の予感を抱かせてくれている。

監督キャリアの無さや、スペイン語が話せないこと、彼もまたオーナー・リムとの交友関係が囁かれていることなど、懸念事項が多いのも事実だが、当の本人は「僕は絶対君主ではない。アシスタントコーチのアドバイスを聞くし、このチームにはハードワークをこなせる選手が多数いる。僕にとってはそのことが最も重要だ。英国人監督として国外で結果を出せるようになりたい」とメディアの質問に答えていた。

チームの「再建」を担う人選として、彼が相応しかったのかと懐疑的に見る人も少なくないが、英国から来た新監督は既に、独特の個性を持って周囲の人心を掌握しはじめている。疑念や嫌悪で満たされた現況を打破し、重責を果たすことを期待して止まない。

木村浩嗣(きむら・ひろつぐ)

編集者、コピーライター等を経て1994年からスペイン・サラマンカへ。98年、99年とスペインサッカー連盟のコーチライセンスを2年連続で取 得し、7年間少年チームを指導。06年9月に帰国して、『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年12月からスペイン・セビージャに拠点を移し、特派員兼編集長となる。15年7月、編集長を辞しフリーとしてスペイ ンサッカーを追いつつ、昨季セビージャ市王者となった少年チームを率いる。WOWOWリーガ・エス パニョーラオンラインにてウィークリーコラム連載中。

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